命をかけて真実を調べ上げた元国会図書館員の
ユースタス・マリンズをご紹介します。
Eustace Mullins
【ユースタス・マリンズ】
メイフラワー号でアメリカに渡った名門の家に1922年に生
ワシントン&リー大学、ニューヨーク大学、美術専門学校等
1994年現在72歳。評論家・美術家・編集者・企業人として
活動を続けて満56年を迎える。
第二次大戦中、38ヵ月間米空軍の軍人として軍務に服す
故ジョセフ・マッカーシー議員が共産主義と闘っていた期間
立法調査員として協力。国会図書館の職員をつとめる。
また著名な詩人エズラ・パウンドの釈放運動を推進、
第二次大戦後のドイツで最初に焚書を受けた作家でもあ
本書以外の著書に、『カナンの呪い――歴史の悪魔学』
『世界権力―――闇の中でわれわれを支配している者たち』
『連邦準備銀行の陰謀』
『正義への強姦―――暴露されたアメリカの法廷』
『毒物注入による殺人』『キリストにおける私の生活』などがある。
まず、ネット検索で「イエス・キリストはユダヤ人であった」という記述が出てくる。
これはは嘘である。
これをユースタス・マリンズが指摘している。
あらゆる文書記録が、イエス・キリストの身体的特徴は、
【ガリラヤ生まれの青い目で亜麻色の髪の非ユダヤ人であった】
と明らかにしているにもかかわらず、
何千というキリスト教聖職者が、「ユダヤ人キリストを礼拝しよう」と会衆に語りかける。
聖職者もまた人間に過ぎない。サタンの誘惑で山の頂きに連れられて行くことはあり得る。
つまり、
【肉の喜びを目の前に広げられ、そしてサタンにささやかれる。「おまえがわしのいうことを聞くなら、これはみんな、いや、これ以上のものがおまえのものになる」と。】こういう誘惑に負ける人たちだ。
ユダヤ人という寄生体をどうしても追いだせなかったために、非ユダヤ人社会は忘却という暗い道をたどらざるをえなかったのである。
そうした記録は、一目瞭然である。大がかりな歴史の歪曲や、何千年にも及ぶ図書の「焚書」にもかかわらず、ユダヤ人はみずからの悪行の記録を根絶することに成功していない。焚書を免れた記録のほとんどは、今日では「稀覯本(きこうぼん)」に分類されて、大衆の目に触れないよう特別の古文書館に秘蔵されている。そして、ユダヤ人に認められて、探ったことを決して暴露しないと折紙をつけられた学者だけに閲覧可能となっている。
だが、われわれは、ユダヤ人の歴史を知っている。
バビロニアは偉大な文明であったが、大規模なユダヤ共同体の宿主となり、破壊されたことを。
エジプトは偉大な文明であったが、大規模なユダヤ共同体の宿主となり、破壊されたことを。
ローマは偉大な文明であったが、大規模なユダヤ共同体の宿主となり、破壊されたことを。
イギリスは偉大な帝国であったが、大規模なユダヤ共同体の宿主となり、イギリス帝国は数十年のうちに消滅したことを。
そして、これが人類の歴史を通じてあらわれる単なる偶然の一致かどうかは別にして、アメリカ合衆国にも大規模なユダヤ共同体があることを、われわれは銘記しておかなければならないだろう。
ひとたびユダヤ人が非ユダヤ国家の支配権を握ると、その国家を破壊するのは、いったいどうしてなのか?
これもまた自然のごく当たり前のブロセスなのである。(34p)
寄生体がたとえ宿主の問題を処理しようと思ったとしても、うまく処理することなどできるわけがない。そもそもユダヤ人は、宿主の問題を処理しようなどとは思わない。
ユダヤ人の第一の関心は、自分自身の安全なのである。あくまでユダヤ人は宿主に取り付くだけ。
そしてすべては、宿主の未来をも含めて、彼らのために犠牲にされるのだ。(35p)
ユダヤ人はしばしば偉大な繁栄をもたらすが、ほんの短期間だけのことであり、そのためには、 自然資源の勝手放題な破壊や、外国との戦争にいたる自滅的冒険、健全な家庭を築けないほどの青少年の堕落などといった途方もない浪費を代償としなければならないのである。
そしてユダヤ人は、つねに非ユダヤ人宿主の敵国と海外取引を行ない、転覆と裏切りをたくらむ彼らの習性から逸脱することは決してない。
ペルシャのキュロス王が軍隊を引き連れてバビロンの城門に到着したとき、王のために城門を開いたのはユダヤ人であった。一日にしてキュロスは大王となり、ペルシャは世界の支配者となった。
当然のことながら、キュロスは感謝した。そしてユダヤ人にあらゆる特権を与えた。 ところが悲しいことに、キュロスの宮殿が埃まみれの廃墟になり、蜘蛛が巣を張るようになるのは、そう遠い先のことではなかった。
バビロンでユダヤ人は、繁栄した裕福な社会を築き、数百年にわたって定住していた。それにもかかわらず、ペルシャ人と取引をする機会を得たいために、バビロンを破壊したのだ。
そればかりか、不安に駆られるあまり、みずからの裏切りの記録を隠蔽しようとバビロンのすべての書庫を徹底的に破壊したのである。
(37p)
【詩人エズラ・パウンドが語ったユダヤ問題解決の三つの簡単な方法】
歴史のすべての記録に徴しても、ユダヤ人の破壊しえなかった文明はたった一つしかない。
それゆえユダヤ人は、その文明を無視することにしてきた。
博士号を取得した大学出身者でも、アメリカ人には、ビザンチン帝国がどのようなものであったか人に説明できる者はほとんどいない。
それは、ユダヤ人がローマ帝国を破壊したのちに、
ローマの指導者たちが建国した
東ローマ帝国 [330~1453年]である。
この帝国は昔、コンスタンチノーブルに首都を置いて、世界の歴史における帝国としてはもっとも長く1200年間もつづいた。
ビザンチン帝国の全史を通じて、
ユダヤ人は、帝国の行政的な地位に就くことも、青少年を教育することも、勅命によって禁じられていたことがわかっている。
ビザンチン帝国は、十二世紀にわたる繁栄ののちにトルコ人に敗れ、ユダヤ人はビザンチンの歴史の痕跡をすべて抹消しようと試みてきた。
(38p)
それでも、ユダヤ人に対する勅令は残忍なものではなかった。実際には、ユダヤ人はビザンチン帝国のどの時代にも干渉を受けず、繁栄をほしいままにして暮らし、この帝国でだけは寄生体と宿主との悪循環は起きなかった。
それはキリスト教文明であり、ユダヤ人はいかなる影響も及ぼすことができなかった。
東方正教会の僧侶たちも「キリストはユダヤ人であった」とする悪辣なウソで信徒を惑わすことはなかったのである。
ユダヤ人が、このような文明の記憶を根絶したいと思うのは、なんら驚くに当たらない。
ビザンチン文明の研究に取り組み、この幸いにしてユダヤ禍を免れた国のことを世界に想起させたのは、エズラ・パウンド [1885~1972。アメリカが生んだ今世紀最大の詩人]であった。 パウンドの非暴力によるユダヤ人管理方式は、ビザンチン人から借用してきたものである。
パウンドは語る、「ユダヤ問題の解決は簡単だ。銀行・教育・政府から彼らを締めだせばよい」
と。いとも簡単ではないか、ユダヤ人を殺す必要はまったくない。
事実、歴史上のあらゆる迫害は、ユダヤ人を利するように演じられてきたのであって、多くの場合ユダヤ人によって巧妙に煽動されたのである。
銀行からユダヤ人を追いだせば、社会の経済活動を彼らは支配できない。
教育からユダヤ人を追いだせば、青少年を惑わせてユダヤ人の破壊的教義へ導くことはできない。
政府からユダヤ人を追いだせば、国を裏切ることはできない。
(40p)
ユダヤ人の記録は、事実と虚構がひどく入り混じっているので、真実を突きとめる作業は犯罪捜査のようなものになる。
ヨゼフ・カシュタイン(Josef Kastein)の『ユダヤ人の歴史』[ベルリン、1931年]は、ユダヤ人自身によって著されたもっとも信頼のおけるユダヤ史と認められている。
ドイツのユダヤ人であったカシュタインの名は、もとの名前カッツェンシュタインを縮めたもので、 生涯の大半を聖書学者として過ごした。彼の『ユダヤ人の歴史』の130ページには、こう書いてある。
「捕囚にされた最初のユダヤ人大集団である十支族は、なんの痕跡も残さず消え去った」
歴史家はふつう、なんの痕跡も残さずに消滅した民族について書くのに、こんなふうに当然至極であるようには書かないものだ。ほとんどの歴史家は典拠資料にもとづいて仕事をするのだが、カシュタインは、ユダヤ人の数ある口碑伝承の一つを、ポンといきなり投げつけるのである。それはなんの証拠もなしに、ただ受け入れるしかないというたぐいの伝承なのだ。
ユダヤ人の起源は、彼らの民族名の語源によって明らかになる。「ユダヤ人Jew」という語は、古代の歴史においては未知のものであった。当時のユダヤ人は「ヘブライ人 Hebrews」という名称で知られていた。ヘブライ人という語は、われわれの知る必要があることをすべて教えてくれる。 『ブリタニカ百科事典』によれば、ヘブライ人は古代アラム語の単語「イブラーイ Ibhray」に由来すると定義されているが、おかしなことにアラム語の単語がなにを意味するか、何のヒントも書かれていない。
ウェブスターの『インターナショナル辞典』(1952年版)のような辞典類にはヘブライ人の一般的な語義が戦っている。ウェブスターの説明はこうだ。
「ヘブライ人」は古代アラム語 Ebri に由来し、このアラム語はヘブライ語の Ibhri から派生したものである。Ibhri
とは「河を越えてやってきた者、という意味で、一、イスラエル族を含む北方系セム支族のうちのある部族に属する者」とされる。
この説明は、明々白々だ。ヘブライ人とは「何を越えてやってきた者」という意味なのである。
河川は多くの場合、古代国家の国境線であった。
そして河を越えてやってきた者とは、異邦人という意味にほかならない。
古代世界のどの国でも、ヘブライ人たちは異邦人と見なされていたのだ。
この単語は一般的な用法では、「正体を明かすまでは信用してはならない者」という意味であった。
ヘブライ人はすべての古代文献に Habiru と書かれていた。
この単語は、『聖書』にもエジプト文書にも頻繁に登場する。『聖書』では Habiru は sagaz という単語と互換的に使われていて、sagaz は 「人殺し cut-throat」を意味した。
すべてのエジプト文書で Habiru という単語が出てくるときは常に sagaz が脇に書き添えてある。
つまり、エジプト人たちはユダヤ人のことをいつ 「河を越えてやってきた人殺し賊」と記したのである。
(44〜45p)